2022年(立教185年)4月教祖誕生祭神殿講話 ~喜んでいたなあ~

 ただ今は4月の誕生祭、陽気につとめていただきました。まことにありがとうございます。一言お誕生祭に関してお話させていただきます。しばらくの間お付き合いください。

1.教祖お誕生
 祭文でも書かせていただきましたけれど、教祖は寛政10年陰暦4月18日、今から224年前の4月18日にお生まれになりました。前川家にお生まれになりまして、それから中山家に嫁いでこられました。その教祖のお誕生を祝って、誕生祭をさせていただきました。いつものとおりケーキもお供えしてありますけれど、224回目の誕生日ってなんのことだと思うかもしれません。お分かりの方もいるかと思いますが、一言お話をさせていただきたいと思います。

 教祖は40歳の時に神がかりになられました。天理王命様が教祖の身体に入られて、教祖の口を通して、この教えを教えていただきました。その教えだけではなくて、50年もの間、この教えというのはこのようにするのだ、ということを身をもって教えていただき、そしてまた人間が苦労しないでいいように、人間の苦労を50年にわたってお通りいただきました。教祖自身は何も悪いことをされておられないのに、監獄に18回も入られました。この教えを広めることが時の政府にとって具合が悪かった、ということなんです。そのようにして教祖は50年の間、人間の苦しみ全部を通っていただいたので、私たちはもうそんな苦労はしないでいいということが言われております。これがひな形の意味です。

 明治20年陰暦1月26日に、御身を隠される時に、教祖は、私がいたのでは、監獄に入れられては皆心配でおつとめができないだろうということで身を隠されました。しかし、魂はそのまま存命のままや、今までとこれからと一つも変わらん、しっかり見ていよ、というお言葉をいただきました。それからは教祖の姿は見えないけれども、生きていらっしゃる。これを「存命の理」と言いますけれども、ご存命いただいているということで私たちは、いつも親しく教祖に「ありがとうございます」「教祖助けてください」というお願いをしているわけです。その教祖が4月18日にお誕生になられて、その後身を隠されて以降も存命でお元気なままでいらっしゃるということから、224回目のお誕生おめでとうございます、と申しあげているわけです。

2.教祖誕生祭
 毎年4月18日には、本部で教祖誕生祭が行われます。本当に明るくて楽しくて、中庭に集まって全員で歌を歌うんですね。色々な歌があります。「ハッピーバースデーおやさま」というのもあったり、「おやさま おうまれ」「4月のうた」とかですね、色々楽しい歌を天理のオーケストラが演奏して、皆で歌って最後に「教祖御生誕祝歌」という「空に五彩の 雲たなびきし 寛政十年 この月 この日」という歌を皆で歌って、それで小学生が「おやさまお誕生おめでとうございます」と言う、本当に明るいお誕生祭です。いつもの月次祭は9時から始まるんですが、誕生祭は10時からなので、始発で行っても楽々間に合うので、今年も18日の朝に行って、教祖にお祝い申しあげて、皆さんと一緒に歌を歌ってそれでその日の内に帰ってくるということをします。もしご希望の方がいらっしゃいましたら、一緒に行きたいと思います。

 そういう教祖のお誕生ということで、4月は本当に明るいんですが、皆様ご承知のとおり、教祖は本当に貧のどん底に落ち切られた。庄屋さんの家に嫁いでこられたのに、神がかりになられてからは、庄屋さんの家も土地も全部人に施して質に入れてしまいました。「高山にいては人を助けられん」、つまり、谷底まで行かないと人は助けられない、というお言葉にあるようなひな形を教祖が通られたというのは皆さんご承知のとおりです。そのひな形を通られる道の中で、教えも教祖の口を通して教えていただきました。

3.2人の女性布教師
 ここで私が非常に感銘を受けたお話があります。2人の女性のことです。両方とも私が存じあげている、一人の方とは生きている時にお会いしました。一人の女性は当時、昭和の初期、明治生まれの方ですけれど、大学を出ておられました。その当時、女性で大学を出るというのは非常に珍しいことだったのですけれど、天理教に触れ、天理教の教えは素晴らしいと言って、単独布教に出られた。あと一人の方はごくごく普通の女性で、もちろん大学も出ないし、高等学校も出ていない。その二人がこの神様に助けられ、教えに感動しておたすけに出るということになりました。

 一人をAさんとしましょう。大学を出たインテリジェンスのあるAさんは、この教えはこんなに素晴らしいということで、私は教理でにをいがけをするということでした。一方、もう一人はBさんとしましょう。このBさんは、Aさんと違って高等学問が無く、教理のことはあまりよく分からないので、教祖のひな形だけの話をして布教をするということでした。こうして二人は、それぞれ「教理でにをいがけをする」と「教祖のひな形だけを伝えていく」ということで布教に出ました。

 Aさんは熱心な方ですし、お話も上手だったんでしょう。特に私はAさんの晩年を存じあげておりますが、本当に優しいし頭の切れる方でした。そしてそのAさんは10か所の教会を作りました。一つの教会を作ることでも大変なことであるのに、一人で10か所の教会を作るというのはまさに偉業です。ではBさんはどうだったか。教祖のひな形だけの話しかしない、できないという方のにをいがけの結果は一体どうであたったか。答えは、一人で50か所の教会を作られ、大教会になりました。それが都賀大教会です。

 何を申しあげたいかと言いますと、私たちはこの素晴らしい教えももちろん教祖のお陰でしっかりと学んでいますけれど、さらに教祖が50年間通られた苦しいこと、楽しいこと、それを一つ残らずひな形として伝える中で、こんなに素晴らしい人(教祖)がいる、この人のようにしていれば必ず助かるというにをいがけをしたことによって、50か所の教会を作るほどの信者さんが集まったという、こういう話なんですね。

 教祖のお誕生祭というのは、教祖が50年間通られたひな形の道を、私たちがあらためてそれを見直す、考え直すということの日であろうかと思います。教祖がもし生まれなければ、教祖がもしいらっしゃらなければどうだったでしょう。まず、天理教が始まらなかった。天理教が始まらないということは、天理と名の付く天理大学、天理高校、あるいは天理教の名の付く教会全部無いんですね。つまり、教祖お一人が4月18日にお生まれになったことによって、これだけ世界中の人が助かっているということを考えていただきますと、教祖がどれだけのご苦労を通られたか。しかし、一方で教祖がすごい所は、「すごい所」と言うのは神様に対して失礼な言い方になるかもしれませんけれど、教祖を人間として見た時に、教祖は常に「喜んでいるか?」ということをおっしゃっていました。

4.喜んでいたなあ
 以前お話しましたが、ある日、ひどい雪の中、一人の女性が途中の橋で川に落ちそうになりながらも、這いつくばるようにしておぢばへ帰って来た。増井りん先生です。教祖は、「よう来たなあ」と言ったその後に、「こんな大変な中でも喜んでいたなあ」というお言葉をかけられた。教祖は、どんなことが起きても常に喜んで通られていました。これが、教祖50年間のひな形の一番大切な所だと思います。50年間、仙人のような修行をして苦労をされた方は、きっと世の中にはいるだろうと思います。また、千日修行といって比叡山で3年間も大変なご苦労をされている方もいる。50年に比べれば3年ということで短いけれども、それでも人間としては大変なことです。だからそこを終わった人は、阿闍梨さんという偉いお坊さんの地位をもらうわけです。しかし教祖は、どんな苦労の難儀の中でも、最後の一点は「喜んで通っていたなあ」ということなんです。

 私たちには辛いこともあります。また幸せな時にはより幸せを楽しみましょう。幸せを喜んで喜んで喜び抜かないと、やっぱりありがたさが分からない。幸せな時は徹底的に感謝しましょう。そしてこの幸せはなぜあるのかと考えると、これはやはり神様が守ってくれているんだなあ、ということで神様に感謝ができる。自分がおいしいものを食べたり嬉しいものを見たりした時には、徹底的に喜んで感謝をする。そしてそれを与えていただいた神様に感謝をする。そしてまたどんなに辛いなあと思った時でもその中から喜んで通らせてもらう。そういう思いを心に持っていたならば、これは通れると思うんですね。

 今、ウクライナでは本当に悲惨なことが起きています。今日のテレビで、立派な高層マンションがミサイルで破壊された映像が流れていました。よっぽど多くの方が亡くなってしまったのかなと思ったら、どうやらミサイル攻撃がある前に、危ないからというので地下壕にみなさん入っておられたので、亡くなられたわけではなかった。しかし涙を浮かべながら「住む家も探さなくてはならないし、これからどうしていこうか」と涙をいっぱいためておられる。しかし最後に一言、「でも命がある」とおっしゃっていました。あの方たちの言葉の重さというのは、私たちが「まだ生きている」と言うのともっと違うと思います。そこにいたならばミサイルが当たって死んでいたかもしれないという命の危険にさらされた。家も全部無くなってしまった。しかしその方は「まだ命がある」といって、これからまた生きていくのだとおっしゃっていました。

 これが教祖のおっしゃる「その中でも喜んでいたなあ」ということだと思うんですね。だからどんなに辛いことがあっても、自分が辛いこと、身内に辛いことがあったとしても、その中でも何かひとつ喜びを探す。そういう辛いことが無い人で、幸せなことばっかりある人は徹底的に喜んだうえで神様に感謝をする。ということをこの4月の誕生祭に際して、教祖の通られた道を思い出しながら、あらためて喜んで通る、感謝して通るということでお暮しをいただきたいと思います。

 今日は非常に暑い。ですが数日経つとまた寒くなるそうです。けれど、この寒暖差の激しい中でも喜びながら通らせていただきましょう。喜んでいれば風邪も決してひきません、体調も壊しません。暑かったら暑かったで結構、寒かったら寒かったで結構、という心を持って、毎日を感謝をして通る生活をしていただきたいと思います。

 今月はどうもありがとうございました。

2022年04月23日